大好きな甲府を拠点に、
人の心を動かす音楽を届けたい。

魚田愛音さん(うおた える)
19歳 山梨大学1年
甲府市出身
ピアノを弾く母親の膝の上に座り、幼い頃からピアノに触れていた魚田愛音さん。2歳からピアノ教室に通うようになり、当時すでにコンクールに出場していた兄の姿を見て、幼稚園児の時には自らの意志でコンクール出場を目指し頭角を現す。令和4年に開催された「第12回日本バッハコンクール」では、当時中学生でありながら飛び級で高校生部門に出場し、金賞・第1位・グランバッハ賞を受賞。他にも日本演奏家コンクールなど、数々のコンクールで優秀な成績を収めている。令和4年度〜令和6年度には「次世代甲府大使」を務め、現在は教師を目指し山梨大学で学びながら、演奏活動を続けている。
次世代甲府大使の活動を通して深めた甲府への想いと、見つけた新たな目標。

甲府市では、スポーツ・芸術・文化・学問等さまざまな分野で将来的に日本を代表する活躍が期待される甲府市にゆかりのある小中学生および高校生を『次世代甲府大使』として認定しています。この取り組みは、子どもたちの活躍を市が応援することで、子どもたちが将来に対する夢や希望を強く抱き、かつ甲府市に愛着を感じてもらうことを目的としています。
魚田さんは山梨学院高校1年生だった2022年に次世代甲府大使に認定されました。「市政祭での演奏披露や、こうふ開府の日を記念して、夕方5時のチャイム(防災行政用無線)に流れる「甲府市の歌」の演奏をするなど、さまざまな活動をさせていただきました。生まれ育った甲府の街に自分の演奏する音楽が流れた時はとても嬉しかったです。ピアノを通して少しでも地域貢献ができたことに喜びを感じました」と魚田さん。次世代甲府大使となり地域の人々と関わる機会が増えたことで、甲府への想いがさらに深まり、同時に自分自身の将来に対する考えも少しずつ変わっていったといいます。「私は小さい頃からピアニストを目指していました。ですが、コロナ禍で演奏家の方々のコンサートが中止になったり、指導者の方々が対面レッスンができなくなったりしている現実を目の当たりにして、私は安定性を意識する気持ちが強くなり教師という職業に興味を持つようになっていきました」と話す魚田さん。そこには音楽の先生として地域に貢献していきたいという想いがありました。


甲府市制施行133周年記念 市政功労章及び
三章表彰式で演奏する魚田さん(当時15歳)
音楽の素晴らしさを子どもたちに伝える教師と演奏家を両立していく夢に向かって。

演奏家としての経験を生かしながら教師として地域に貢献したいという目標を持った魚田さんは山梨大学に進学しました。「人を感動させる力がある音楽の素晴らしさを、子どもたちに伝えられる音楽教師になりたいです。そして将来は教師をしながら演奏家としての活動も続けていきたいと考えています。そのためにも大学生の間は勉強とピアノをしっかり両立していきたいです。コンサートやコンクールを通して人前で弾く機会も増やし、緊張感のある中での演奏をしていこうと思っています。コンスタントに本番を経験することが上手くなる秘訣だと思うので、向上心を持って臨んでいきたいです。現在、オペラの団体に所属しピアニストとしての活動もしています。伴奏者にはソロで弾くのとはまた違う楽しみや喜びがあり、演奏家としての幅を広げることにも繋がっていると感じています」と話す魚田さん。いつかはオーケストラと共演したいという夢もあり、「ショパンのピアノ協奏曲第2番が好きです。いつか弾ける日が来れば…と思い、練習をしています」と目を輝かせます。ご自身と小柄な体格が似ているピアニスト・小林愛実さん(ショパン国際ピアノコンクール第4位)に憧れているといい、真摯にクラシックに向き合う魚田さんですが、一方で、「K-POPも好きで、曲に合わせてダンスをしたりしています」とにっこり。大学生らしい一面も見せてくれました。
美しく豊かな甲府の自然は、いつも私が奏でる音楽と共にあります。

高校2年生の時に語学研修で訪れたアメリカで海外の文化に触れたり、ピアノのレッスンで頻繁に東京に通ったり、甲府と違う環境に身を置く中であらためて甲府の魅力に気づいたといいます。「アメリカも東京もそれぞれに魅力を感じています。特に海外への興味は膨らみ、いつかピアノの演奏もしてみたいと思っています。私はそのようなさまざまな環境や文化に触れる中で、甲府の魅力をあらためて実感しました。それは『豊かな自然』です。私はピアノを弾く際に、自然をイメージした表現をすることがあり、その時に浮かぶのが甲府の風景です。家の近くの桜並木を散歩をしたり、きれいな空を見上げたり、甲府の風景を眺めていると、頭の中にピアノの曲が流れてくることもよくあります」と話す魚田さん。これから夢に向かう人に向けて「失敗することや、うまくいかない時もあると思います。そんな時私は、いつか必ずうまくいく時が来ると思って練習を続けました。自分を信じてがんばることが大切だと思います」とエールを送ってくれました。魚田さんのお名前は、自分の奏でる『音』を『愛せる』美しい音色が奏でられるようにという願いと、みんなから『愛される音』が奏でられる演奏家になってほしいという願いを込めて付けられたといいます。背筋を伸ばしピアノに向き合う魚田さんの横顔は、美しい音楽と共に歩む素敵な未来を物語るようでした。

